劉備は暴れん坊だったの?

にゃん太郎

2013年11月28日 21:54

三国志は日本人にもすごく人気がありますね。劉備や曹操、諸葛亮など人気の武将も数多くいます。

宮城谷昌光さんの三国志は非常に面白かったです。呉が滅びるまでやってくれたら嬉しかったのですが、そこまではやりませんでした。

確かに、蜀の国が滅んだ時点で3国時代は終わり二国時代になったので仕方がない部分はあるでしょう。正直、晋が統一して八王の乱がおきて・・・と続いてくれるとさらに面白かったと思います。

三国志で劉備あたりは、聖人君子扱いされるのですが、正史の劉備を見る限りではそういう感じはありません。

例えば、賄賂を要求してきた役人を無理やり捕えて棒で打ちつけたのは張飛と小説ではなっていますが、実際にそれを行ったのは劉備だったようです。張飛は小説だと暴れるのですが、劉備がやったことも張飛がやったことにされることが多いですね。

あと、戦で負けるとすぐにみんなを置いて逃亡するあたりも聖人君子とは言えません。しかし、劉邦のような人を惹きつける魅力は持った人物ではあったようです。

しかし、劉備が劉邦と同等の能力を持っていたとしても、相手が曹操だったので相手が悪かったと言うのもありますね。宮城谷さんもそのあたりを指摘していたと思いました。

劉備の生き方を見てみると、とても徳があるような人ではないかと思います。しかし、なぜか人と惹きつける魅力はあったようですね。

あと、孫権は三国志では地味な扱いなのかも知れませんが、酒乱で性格が悪かったらしいです。孫権と劉備が会った時に劉備は孫権に二度と会いたくないと思ったと言う話がありました。

その時代に生きた人しか分からない事ってあるのだと思います。ちなみに、三国志の正史を書いた陳寿も記事を書くにあたって、「お前の先祖をよく書いてやるから賄賂をよこせ」と要求したという話が別の中国の正史であるようです。

案外、劉備も陳寿も人間性に問題があるかも知れませんが、いいところはあるかと思います。人間味もあってよいですね。





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